健康住宅の一口講座


住宅のマメ知識

T 数奇屋について

茶の湯以前に数奇屋とよぶ、和歌のような(5,7,5,7,7と思われる)言葉読みの風流がありました。
離れの別棟で、節をつけて読む遊びが流行り、以後、その建物を数奇屋として茶室などとともに発達しました。わび、さびと ともに又、趣きと贅沢さを競う建物になっていったのです。


U 床の間のはじまり

平安時代の寝殿造りでは、部屋は総て、間仕切りの無い板間でした。部屋の中央部に厚いござのようなもの
が敷いてありまし た。そして、畳が考案されて、その間仕切りの無い板間の角に、畳を二枚敷いて左右
どちらかに、押し入れのような物をつけると、アルコーブ(住居の壁面を後 退させてつくられた付属的空間)が
できました。そしてそれが寝床となり、それが 床の間の始まりです。


V 千本釈迦堂とおかめ

千本釈迦堂は鎌倉初期に釈迦念仏道場として開かれ、創建当初に建てられた本堂は京都最古の建造物と
して国宝にも指定されています。
屋根は桧皮(ひわだ)葺の勾配はゆるい。構造は大陸式建築の母屋と庇部とからなる丸柱での様式をとって
います。丸柱は全て途中で切られており大斗がのせられて斗柱を組まれてます。
おかめ伝説の建物として知られています。
  本堂造営の棟梁が主柱の寸法を短く切り損ね困り果てていた折、これを見た妻のおかめは桝組みに依って
おぎなえばと考えを提ました。
かくして工事は進み、上棟式が盛大に営まれることになりましたが、その日を待たずおかめは黄土に旅立った。今は亡きおかめに上棟式を知らしめたいとして、おかめの面を作り棟札に附して上げ、おかめの徳をたたえた。この故事が上棟式の御幣隣、今も広く伝承されている。

※ これから少しずつ増やしていく予定です。

※ 住宅編は “杢はうす”上代 眞廣 一口講座より一部抜粋、補足編集して掲載しております。